JICOの国産カートリッジJR-125Sを使ってみる

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アナログレコードは歪との戦い

レコード内周側の歪みをどうにかした~~い。
前回はカートリッジの水平トラッキングエラーをやっつけるためにアライメントプロトラクターを作って調整しました。
ところが、 同じように調整しても、レコード内周側の歪み感はレコードやカートリッジによって明らかに違いが出たりします。

前回も書きましたが、アナログレコードの再生における内周側の歪みの要因は、トラッキングエラーだけではありません。

と言いますか。。。

実は、レコード内周側の歪みは、トラッキングエラーよりも大きく影響する原因があります。

それはトレーシングエラーです。

トレーシングエラーは、針先の形状によって、カッターが音溝を刻むときの軌跡と、再生時に音溝に針先が接触してなぞる軌跡が変化して(ズレて)しまうことを指し、スタイラスチップ(針先)のサイズや形によってその特性(歪み方)が変化します。
(ここではどうしてそうなるのかの詳細は省きますので、興味のある方は調べてみてください。)

トレーシングエラーによる歪みは、小径側(溝に接触する側)曲率半径7μmの一般的な楕円チップを使った場合、LPレコード最外周で標準振幅10kHzの二次高調波歪が-30dB(3%)超、最内周では-20dB(10%)にもなることが、計算上も実測上もわかっています。
因みにトラッキングエラーそのものによる歪みは、10°のエラー角でも二次高調歪は-40dB(1%)以下です。
(普通のアームのトラッキングエラーは数°ですので、もっと少なくなります。)

グラフに描いてみると中域から高域にかけてはトラッキング(角度)エラーによる歪より、針先形状に起因するトレーシングエラーによる歪が支配的になることがよくわかります。
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なお、現実的には、トラッキングエラーとトレーシングエラーは同時発生するので、両方を足した感じになります。(注1)

トレーシングエラーを解決するには、針先(スタイラスチップ)の形状をどれだけカッターに近づけられるかにつきます。「削れないカッター針」が究極と言ってもいいかもしれません。
(トレーシングエラー補正込みでカッティングされたレコードもありますが、極めて少数派です。)

「削れないカッター針」が理想とすると、音溝とスタイラスチップの接触部分の曲率半径がどれだけ小さいかが勝負になります。
とは言え、極端に小さくしてしまうと接触面積まで小さくなり、単位面積当たりの接触圧力がどんどん上がり、本当に削れてしまいますので限界はあります。
一般的に曲率半径は、丸、楕円、特殊楕円、ラインコンタクトの順に小さくなっていき、トレーシングエラーも小さくなります。

ということで、現場、我が家の針を見てみますと、
丸:M44G
楕円:M92E、OMEGA、MC-Q5、AT-32EII
ラインコンタクト:MMC-20CL、MMC-1、LM-20H、MC20
ということで、見事に聴感上の内周側歪みの多い順に並びます。

問題は、この中で現行品はというと、M44G、M92E、OMEGA、MC-Q5と、これまた見事なまで内周歪みの多い側に偏っています。
しかも一番具合がいいのが一番古いMC20という皮肉つきで。。
まあ、現役時代とはかけられるコストが違いますので当たり前なんですが。。(苦笑)

私が20ン年前に不退転の決意でCDに移行した理由は、当時、ユニバーサルシェルを使わないプレーヤーしか作っていない会社に勤めていたというのもありますが、アナログレコードゆえの歪みは除去できないと考えたのと、何をするでもなく歪みもノイズも殆どないに等しいCDの特性にシビれたからでした。

もう時代は後戻りしないだろうと。。

しかし、(世間様はともかく)好き好んで自分で戻ってきてしまいました。(笑)

では、この内周歪みをどうするか。

結論は簡単で、針先と音溝の接触幅の小さなラインコンタクト針を使うだけです。
ラインコンタクト系は、製法、名称でラインコンタクト、ファインライン、シバタ針、マイクロリッジ、マイクロライン、SAS(スーパーオーディオスタイラス)など様々な呼称がありますが、その中でもマイクロリッジ、マイクロライン、SASは、スタイラスの寿命まで接触部分の曲率半径が小さいままで、かつ長さが長いことから接触面積が大きいので長寿命という素晴らしい特徴があります。
(製法的には並木精密宝石のマイクロリッジが元になっているようです。)

問題はコストです。

現状、マイクロリッジ系カートリッジを眺めてみますと、
MM系ではオーディオテクニカ AT-440MLb、Ortofon 2M Bronze、ナガオカ MP-500あたりと安くても3万円クラス。
MCだとオーディオテクニカ AT-33PTG/II、Ortofon MC-Q20、ZYX R50Bloomあたりが最低ラインで6万円クラスです。
MM系の交換針ならJICOのSAS針が1万円台からありますが、そもそもSAS針が付けられるMMのボディを持ってないからな~とサイトを眺めてたら「JICO製のカートリッジ」というのを発見。
しかもSAS針つきで¥16,200-(税込&送料サービス)

JICOのSAS針は、マイクロリッジ形状のスタイラスチップ、ボロンのカンチレバー、特殊形状マグネット、ワイヤーサスペンションなどが組み合わされています。
高級品にしか搭載されない仕様で格安。(SASの交換針が¥12,960-なので、ボディが実質¥3,240-とバカ安なのが少し気になりましたが)堪らずポチりました。

追記
2016年にいったんディスコンになって仕様、価格が変更になっています。
バリエーションはサファイヤカンチレバールビーカンチレバーの二種類です。

それから待つこと1か月ちょっと。
完全受注生産、匠の技で一品ずつ製造されたJICO JR-125Sがやってまいりました。
SAS針の解説および取扱説明書、一品ずつの工程チェックシート、特性図が同梱されています。
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見た目はこれぞMMカートリッジ!というたたずまい。
まあ、この値段に意匠の独自性を求めるのも酷というものです。
質実剛健そうでよろしいじゃないですか。
重要なのは、見た目より中身です。

添付されていた測定図を見ますと、二次高調波歪はマイクロリッジ形状のスタイラスが奏功してか、とても優秀なグラフを描いています。
周波数特性は「ザ・MMカートリッジ」と言わんばかりの典型的なMMのグラフです。

早速買っておいたテクニクスのシェルに取り付けて調整です。
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針圧は1.0~1.25gとかなり軽めの指定です。
それにあわせてか、かなり急角度で下向きにカンチレバーが出ているのでフニャフニャなのかと思ったら、サスペンションはこれまで経験がないくらい沈み込みが殆どありませんでした。
本当に針圧1gクラスなのか不思議なくらいですが、特性は針圧1.0gで測定されているようです。
とりあえず1.1gでいきましょう。
ラインコンタクト針は垂直(前後)方向の角度がズレると歪みが増えたり、最悪溝や針を痛めたりするので、アームの高さ調整が重要になってきます。
いくつかポジションを試してみたところ、アームが少し上向きが良いようです。
その他は一般的なセッティングで何枚かレコードをかけてみますと、演奏の細やかさ、解像感はこれ以上ないくらいバッチリな感じですが、ところどころ詰まったような感じのサウンド傾向でなんだか違和感があります。

そこでイコライザーの入力をショートにしてLPを片面再生。
発電コイルに目一杯電流を流してカートリッジコアを消磁してみたら、さっきより抜けはよくなりましたが、やっぱりまだなんか変。
楽器は良いのですが、ボーカルに好き嫌いが出る感じです。

続いてフォノイコライザーの入力容量を大きい側にしてみると、違和感がずいぶん緩和されます。
(一般的にMMカートリッジは、フォノイコライザー側の入力にある負荷コンデンサの容量を変えると周波数特性が変化します)

ここで、フォノイコライザーを少し弄ってみました。
今使っているフォノイコライザーの入力容量(カートリッジの負荷容量)は100pFと200pFの切り替えで作っていて、少しステップが小さいかな?とも思っていたので、今回変化の感じられた容量の多い側に更に100pF追加して100pFと300pFの切り替えに変更。
これで試すと、中高域から高域にかけての違和感はだいぶ収まりました。
我が家ではバランス伝送するためにフォノケーブルにスターカッド線を使っているのでケーブル部分の容量がそもそも大きめなのですが、それでも足りなかったんでしょうか。。
(諸元が未公開なので詳細不明です。)

この状態まできても、レコードにもよりますが、やはりボーカル(中音域)に違和感が残っています。

機械的にも電気的に弄れる所はもうないので、これはこのカートリッジの癖(特徴)かな?だとすれば、あとは耳を慣らすしかないかと半分諦めかけていたのですが、ふと思い立って10円玉をセロテープでシェルに貼り付けてみたら、なんと、これまでの違和感が嘘のように霧消しちゃいました。
それではと10円玉を外し、アーム側サブウエイトをつけてみたのですが、違和感ありに戻っちゃいます。
原因はシェルとの組み合わせが大きかったようです。
テクニクスのシェルはとても軽く出来ていて、品質も十分高いものですので、シェルの影響は味付け程度と踏んでただけにこれはびっくりです。

とは言え、セロテープと10円玉を常用するのは演奏中に10円玉が落ちるリスクもあり危険過ぎますので、手持ちの中からテクニクスと見た目同じで少し重めに出来ているサードパーティー製シェルに付け替えてみたところ、違和感も消えた状態でスッキリ収まります。(注2)
これならカートリッジに本領発揮してもらえそうです。
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JR-125Sのよいところを挙げると、
・歪み感の小ささ
 歪みっぽさがとても少なく、サ行も上手にトレースします。
 特に一番の期待だったレコード内周側の歪み感の少なさは我が家のカートリッジの中でもトップクラスで良い感じです。
 最内周トラックでの歪みがとても強烈に現れる、ビリージョエルのイノセントマンやアナ雪のサントラも、このカートリッジは難なくトレースします。

・無音部分のノイズがとても小さく感じる
 ラインコンタクトは溝の状態には敏感なので、ゴミや傷(スクラッチノイズ)はもちろん拾いますが、通常の無音部分のノイズ感の小ささは格別です。
 静けさの中から音がすっと立ち上がってくる感じや、す~~っと音が消えていく感じは、バッテリードライブアンプと併せて使った時の気持ち良さは特筆すべきところがあります。

・音の分離がよい
 楽器間の分離はもとより、直接音と間接音(主にリバーブ成分)が綺麗に分離され、定位感と空間感がうまくバランスして出ます。

全体的に見ると、とても丁寧で細やかに演奏の雰囲気を伝えてくれます。
 
これらの良いところに加え、価格も安く長寿命とくれば、当面常用カートリッジとして頑張ってもらうこととしましょう。

注1:グラフのトラッキングエラーの歪率は、純粋なトラッキングエラー成分を見るため、針先の曲率半径「0」での計算値です。

注2:テクニクスのシェルが悪いということではなく、今回の組み合わせではうまくいかなかったという事です。