バランスドライブアンプのメリットとデメリットのまとめ

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バランスドライブアンプってどうよ?2

BTLにせよ完全差動アンプにせよ、世の中にバランスドライブアンプなるものが存在するのにはそれなりの理由があります。
その理由も、技術的な側面と、主観的な側面と、経済的な側面などがあり、以前のエントリーではひっくるめてざっくり書き、ちょっと前のエントリーでは歪みに特化した説明だけだったので、今回は主に技術的、特性的な面からの説明をまとめてみたいと思います。

なお、バランスドライブアンプの中でも、BTLと完全差動アンプでは多少違いがあるのでその項目は注記します。
特にことわりのない項目のない部分はバランスドライブアンプ全般のこととなります。

一応お断りしておきますが、私はバランスアンプ好きではありますが、アンバランスアンプ否定派ではありませんので、よろしくお願いいたします。

今回登場するのは、
アンバランスアンプ: 不平衡入力、不平衡出力の一般的なアンプを指します。
バランスドライブアンプ: 平衡入力、平衡出力のアンプ。アンバランスアンプをふたつ使ったBTLと、バランス専用に作られた完全差動アンプの2種類を扱います。

続いてバランスアンプの利点、欠点を、アンバランスアンプとの比較で列挙してみます。

バランスドライブアンプの主な利点
1. コモンモードノイズに強い
2. 電源電圧やグラウンド電位の変動に強い(完全差動アンプ)
3. 電源電圧が同じなら、アンバランスアンプより出力が大きくなる(最大4倍)
4. アンバランスアンプと同じ出力でよければ電源電圧を下げられる(最小1/2倍)
5. ゲインが同じなら、アンバランスアンプよりノイズが小さくなる(最小1/√2倍 約-3dB)
6. 偶数次高調波歪が小さくなる(現実的には数10dB程度の改善)
7. 出力信号の戻り電流がグラウンドに流れないため、音声信号によるグラウンド電位の変動が小さい(BTL)
8. 入力側含め音声信号がグラウンドに流れないため、音声信号によるグラウンド電位変動がない(完全差動アンプ)
9. 2chのアンバランスアンプとして利用可能(BTL)
10. アンバランス入力でもバランス増幅となる(完全差動アンプ)

バランスドライブアンプの主な欠点
21. 同様の回路構成なら出力インピーダンスが高くなる(最大2倍)
22. 入力インピーダンスを高くできない(完全差動アンプ)
23. 出力のHOT-COLD間オフセット電圧は安定しているが、対GNDのドリフトは比較的大きい(完全差動アンプ)
24. 2chアンプとして利用不可能(完全差動アンプ)
25. 回路規模が大きい(2倍前後)
26. 同じ電源電圧と負荷なら最大消費電流が大きくなる(最大4倍)
27. アンバランス入力する場合、COLD側入力信号の生成または位相反転が必要(BTL)
28. BTL接続を想定していないステレオアンプで構成すると動作しなかったり故障する可能性が高い(BTL)

以降、それぞれについて説明します。
なお、関連性の高いと思しき項目はまとめています。

1. コモンモードノイズに強い

HOTとCOLDに乗ったコモンモード(同相)ノイズをキャンセルできるのはバランスアンプならではの特徴です。
完全差動アンプとBTLでは少し動作が異なり、完全差動なら入力段と出力、単純なBTLなら出力で同相信号がキャンセル(相殺)されます。
CMRR(同相信号除去比)として数値化でき、この数字に「こだわる」方も見受けられますが、そもそもHOTとCOLDの信号線に乗っているノイズが電圧、波形含めて「全く」同じであることもないので、特殊な使い方を除き60dBを超えたあたりの数字に一喜一憂する意味はありません。
また、BTLの場合は出力側でのキャンセル動作となることから、アンプのHOTとCOLDの特性が揃っていないと上手くキャンセルしきれないため、バランスアンプ不要派の方がそこを突っ込んで来たりします。
ただこれ、同相信号のキャンセル度合とか程度の違いの話であってバランスが少々崩れたからと言ってコモンモードノイズが元より増えたりはしませんし、アンバランスアンプにはそもそも同相信号除去の機能自体がないというのとは訳が違います。
また、完全差動アンプの場合はHOTとCOLDの特性がフィードバック抵抗の精度で揃いますので、バランスが崩れることもありません。
最近はスイッチング電源やら大電力インバーターの装置やデジタル機器等のノイズ源も多数あったりで逆に電灯線の交流波形も昔より汚くなっていること、根本的に電灯線の誘導がなくなっているわけでもないことから、バランス伝送、バランス増幅の有利さが以前より増しているともいえます。
ただし、アンバランスだからダメなのかと言われれば当然そんなこともなく、環境が良ければ(コモンモードノイズがそもそも小さければ)違いは微小です。

2. 電源電圧やグラウンド電位の変動に強い(完全差動アンプ)
23. 出力のHOT-COLD間オフセット電圧は安定しているが、対グラウンドのドリフトは比較的大きい(完全差動アンプ)

この2つは根っこが一緒です。
アンバランスアンプ(とBTLのHOT、COLDそれぞれの系)の動作が回路上のグラウンド電位と信号電位の差を見ているのに対して、完全差動アンプはHOTとCOLDの信号電位の差を見ており、基本的に回路内にグラウンドが登場しません。
このため、信号電位が電源電圧と回路素子の利用範囲内であれば、グラウンド電位および電源電圧の変動による動作への影響が殆どありません。
電源環境に影響されない度合はPSRR(電源電圧変動除去比)として数値化可能で、完全差動アンプはリップルのある非安定化電源でも充分に安定動作可能です。
逆に、グラウンド電位が回路内に登場せず、グラウンド電位に動作が影響されないということは、アンプとしてもグラウンド電位からドリフトして(ズレて)ても構わず動作してしまいます。
この時、HOTとCOLDは連動して動くのでスピーカー駆動には全く影響がありませんが、出力がグラウンド電位からドリフトしてズレるということはズレた側の電源電圧が低くなったと等価で、最大出力がその分下がります。
それを防止するにはステージごとのDC安定度を確保しドリフトを小さく収める回路設計、製作上の工夫が必要です。
DCサーボを掛ける手もありますが、この場合は(音声信号に直接関与はしないものの)回路上にグラウンドが登場してきますし、グラウンド電位の変動に動作が影響されるようになってしまいます。
また、通常、アンバランスアンプでも電源電圧の変動に対してはそれなりの耐性を持っており、グラウンド電位の変動も見かけ上は電源電圧の変動と大差ないようにも見えるので、バランスアンプだからといって声高に誇るほどのことではないという向きもあります。
これも測定上の違いは微小なレベルであるともいえます。

3. 電源電圧が同じなら、アンバランスアンプより出力が大きくなる(最大4倍)
26. 同じ電源電圧と負荷なら最大消費電流が大きくなる(最大4倍)
28. BTL接続を想定していないステレオアンプで構成すると動作しなかったり故障する可能性が高い(BTL)

出力の増大はバランスアンプならではの分かりやすい効果です。
同じ電源電圧で大きな出力が取り出せるので、大きな音圧が必要な場合に有効です。
ただし、最大4倍の電流が流れるのでそれを供給できる強力な電源回路、その電流に耐えられる部品の選択や放熱設計が必要ですし、チャネルごとに独立した電源のアンプなどをそのままBTL接続すると入力側のグラウンドラインで動作が共通化することになるため却ってノイズの素になったり、フロート電源のアンプではHOTとCOLDの基準電圧が定まらずに変な電流が流れて故障の素になったりします。
ステレオアンプをBTLで使う場合、BTL接続できるアンプであるかどうかを確認してから使う必要があります。

4. アンバランスアンプと同じ出力でよければ電源電圧を下げられる(最小1/2倍)

前述の理屈を逆に使うとこうなります。
目的の出力を得るためにアンバランスアンプの約半分の電源電圧で済むため、部品の耐圧を下げられたり、電圧が低くアイドル電流による発熱量が大きく下がるので放熱が楽になったり、アンバランスアンプと同じ発熱量なら電流をより多く流せる事からA級動作領域が広がったり、より特性の良い動作点が選択できる様になったりと、設計や調整の幅(自由度)が増したり、同じアイドル電流なら小出力時の消費電力が大きく下がるなどの効果が得られます。
自作アンプを出力を欲張らないで作る時などにとても嬉しい性能です。

5. 同じ構成でゲインが同じなら、アンバランスアンプよりノイズが小さくなる(最小1/√2倍 約-3dB)

これはDACの並列接続で出力を上げながらノイズレベルを低く抑えてダイナミックレンジを大きくするとか、MCヘッドアンプの初段トランジスタを並列接続してゲインを上げつつノイズを低く抑えるとかと一緒の理屈で、ホワイトノイズなどのランダムで相関関係のないノイズは加減算した時のレベルは約3dBアップにとどまるという理屈から来ています。
バランスアンプで考えると、目的信号はアンバランスアンプ2つ分で2倍に(約6dB大きく)なるがノイズは3dB増加になるので、相対的にアンバランス増幅よりノイズレベルが3dB低くなると言うことです。
たかだか3dB、なんとでもひっくり返ると言われそうですが、高感度なスピーカー/ヘッドフォンでは、その3dBが効いてくる。なんていう事もあります。
同じアンプをバランス接続するだけでノイズレベルが相対的に下がる。という事がこの機能のキモで、たかが3dBにするか、されど3dBにするか、効果の使い方はさまざまです。

6. 偶数次高調波歪がとても小さくなる(現実的には数10dB程度の改善)

これは、ちょっと前のエントリーで詳しく書きましたのでざっくりと。
バランスアンプの場合、アンプ内で発生した高調波歪のうち、偶数次高調波はHOTとCOLD同相で出力されます。
バランスアンプでは同相信号がキャンセルされるため、偶数次高調波歪が減少します。
これもバランス構成にするだけで得られるおいしい性能です。

7. 出力信号の戻り電流がグラウンドに流れないため、音声信号によるグラウンド電位の変動が小さい(BTL)
8. 入力側含め音声信号がグラウンドに流れないため、原則的に音声信号によるグラウンド電位変動がない(完全差動アンプ)

グラウンド(アース)といえば、回路の0V基準点を指します。
0Vなのに電圧が動くって、何を言ってるのかわかりにくいと思いますが、問題とするのは現実のグラウンド線には小さいながらも抵抗値があるので、電流が流れると電圧が発生してしまいます。つまり、一口にグラウンドといえども、流れる電流に従って、場所によって大なり小なり電圧が発生しているということです。
特に、アンバランスのパワーアンプの場合スピーカーからの戻り(マイナス端子側)の電流が流れます。スピーカーに流れる電流は回路内では電源に次いで大きいものです。
電圧は流れる電流に比例しますので、スピーカーの戻り信号という大きめの電流を流すとグラウンド電位の変動幅も大きくなります。
設計、製作にあたっては、このグラウンドラインの経路や太さ、グラウンドポイントの置き方でも特性(特にハムノイズの大きさ)が大きく変わることがあるのは、自作経験のある方には馴染みのあることと思いますが、微小なレベルで混変調歪が発生することも知られています。(これの測定はとても難しいのでオカルト扱いされがちですが。。)
また、メーカーや設計者によってグラウンドポイントがどこにあるのか、ポリシーのような特徴があり、アンプのグラウンドの取り方はとても重要なことなのですが一意な(統一された)最適解がないのも事実です。

バランスアンプの場合、BTLではスピーカーからの戻り電流がグラウンドラインを通らないことから、この電流による電圧の発生(グラウンドラインの電位変動)がありません。
完全差動アンプの場合、入力側の信号もグラウンドを通らず、グラウンドラインの電圧に影響を与えません。
完全差動アンプではグラウンド電位変動による影響も受けず、グラウンド電位に影響も与えないことから、グラウンドのフローティングが比較的簡単に行えるなど、回路上のグラウンドの取り扱いがとても楽になります。

なお当然ですが、アンバランスアンプであってもグラウンドの処理と利用方法が適切な範囲であれば実用上の大きな問題にはなりません。

9. 2chのアンバランスアンプとして利用可能(BTL)
24. 2chアンプとして利用不可能(完全差動アンプ)
10. アンバランス入力でもバランス増幅となる(完全差動アンプ)
27. アンバランス入力する場合、COLD側入力信号の生成または位相反転が必要(BTL)

バランスアンプの中でもBTLと完全差動で違いのある部分です。
BTLはもともと2組のアンバランスアンプを使って構成するので簡単に2ch化が可能です。というより、2chのアンバランスアンプにBTLの機能が付いていることが多かったりします。
完全差動アンプはひとつの差動入力でHOTとCOLDを受け付けそのまま差動で次段に接続して増幅するので構造上2chアンプに分離できません。
ただし、完全差動アンプは入力も差動なので、例えばCOLD入力がグラウンドに落ちているアンバランス入力でも内部の増幅動作及び出力は差動(バランス)です。
BTLでアンバランスを受けてバランス増幅する場合は、なんらかの方法でCOLD側の信号を作る必要があります。(COLD信号の生成方法は様々ありますが、今回は割愛します。)

なお、完全差動アンプにアンバランス入力した場合は、入力側のコモンモード除去機能は当然働きません。

21. 同様の回路構成なら出力インピーダンスが高くなる(最大2倍)

出力インピーダンスは、BTLだとアンバランス時の2倍(ダンピングファクターで言えば半分の数値)になります。
完全差動アンプの場合はNFBの掛かり方が少し変わってるので単純比較出来ませんが、同じ部品と定数のアンバランスからみれば大きくなります。
現実的には、アンプの回路的な出力インピーダンスの上昇よりも、ほとんどの市販のアンプの出力に発振防止のコイルや切替リレーなどアンプの回路の外側にある直列抵抗成分が効いてくるので、大した変化にはならなかったりします。
また、ダンピングファクターが半分に「劣化」するとおっしゃる方がいらっしゃいますが、劣化かどうかは実際の値の変化と組み合わせるスピーカーの特性による周波数レスポンスの変化量を計算、測定してみないと判断できません。
ただし、(やみくもに)アンプの出力インピーダンスは低くあるべきという価値基準であれば確かに劣化です。(苦笑)

22. 入力インピーダンスを高くできない(完全差動アンプ)

完全差動アンプはフィードバックの掛け方の制約から回路的にみると反転増幅の構成になります。
反転増幅回路は入力抵抗が入力インピーダンスになるので、非反転増幅のアンプほど入力インピーダンスを高くできません。
アンプとして実用的な範囲では数10kΩが限界です。
一般的なライン出力を受ける分には問題ありませんが、フォノカートリッジや真空管プリなど、ハイインピーダンスで受けるには無理な場合があります。

25. 回路規模が大きい(2倍前後)

これは言わずもがなですね。
バランス構成にするにはアンバランスに比べてほぼ2倍の回路が必要です。
コストやサイズに制約があり、それに合わない場合、バランスアンプは使いたくても使えません。

最後に補足
アンバランスアンプといっても、一般的に入力段には差動増幅回路が使われていることが多いのに、なんでそのことを書かないの?と思われるかもしれませんので補足します。
アンバランスアンプの入力段に使われている差動回路は、反転でも非反転でも差動入力の片側がグラウンドに落ちていますし、差動出力も片側しか使っておらず、増幅ステージの挙動としては入力も出力も対グラウンド動作のアンバランス動作です。